連載『組織の運命はスペースで変わる』第2回

ユーザーが使い倒したくなるモチベーションを空間がサポートする
スペースを使いながら考えて、手を加えて使ってみて、また考える。常に仮の状態で、“完成”はない。「もっともっと成長したい!」そう考えるベンチャー企業にとっては、その「未完成の状態」が表現されていることこそが重要だと考える経営者もいるだろう。そしてその未完成の状態においては皆が空間のデザイナーでありユーザーなのだ。が、「なんでも自由にしてよい」というメッセージをスペースが発していてその自由度が大きすぎる場合、結局誰も何もしない。さらに、dスクールは、何でも自分で作ってしまうDIY文化を持つアメリカにあるという背景は考慮しておくべきだ。DIY好きでもそうなのだから、日本においてはスペースの側でサポートしてあげる度合いは独自のノウハウの蓄積が必要と思われる。
 
ずっと引っ越しモードの状態が、スマートで必要最小限の空間的ソリューションを導いた
『ぼくらはつくって、振り返って、改良するというサイクルを繰り返していた。すぐに引っ越すから、資金や労力をかけすぎることはなかったし、余計なものはどんどん捨てていた。』  『現在のぼくらは、同じ場所にとどまりながら「引っ越しモード」を維持する努力をしている。3ヵ月ごとの改修に備え積極的にプロトタイピングを続け、-中略- 作業と学習と交流の境界線が潮の満ち引きのように動くようにしている。』
 
dスクールは何回も引っ越しを迫られたようだ。その結果常に引っ越しモードをキープし、無駄な投資や労力は避けながら今に至る。これは、大抵のスタートアップ企業が半年先の事業の状態も住所も社員の人数も確定的でないためフットワークを軽くしておく必要があるのと状況が似ている。その都度スペースづくりを考えてきたことで、必然的に最小限の投資で最大限の効果を得られる空間づくりのノウハウが蓄積していった。そういしていくうちに、本書の著者であるスコット・ドーリーとスコット・ウィットフトは、気づいた。
 
選択肢は少ない方がスマート。すぐに考え始めることができる
『つねに自己改良を刺激する「スマート」な変数をつくる必要があるんだとわかってきた。こうして僕らは即興性に惹かれるようになった』
 
ここでいう「スマートな」とは、あまりに自由度が高いと誰も何もしないから、あえて限定された選択肢を用意する、という意味だ。例えば椅子は、背もたれのないスタッキング可能な一種類に限定しておくと、配置・個数・向きだけを考えて様々なシチュエーションに対応させることを考えやすくなる。複数の選択肢は、時間に追われている時(つまりいつも)のユーザーにとって、物事が複雑になりすぎてしまい、考えることができない、考えようと思えない状況になってしまうという。つまり、モジュールによる限定された選択肢がクリエイティビティを活性化するという主張だ。
 
 
すぐに考え始めることができて、すぐにチーム全員に共有される即興性
変数の限定以外で即興性の象徴ともいえるのが、もはやシリコンバレーのオフィススペースのアイコンになっている、ホワイトボード。すぐに思い付きを書き留められ、それがそのまま全員の目に触れる。dスクールでは、ホワイトボードは買うと高価だしキャスター部分がかさばってスペースを消費してしまうので、より安いシャワーボードをホームセンターで買ってきて代用品として使う(水性ペンで書いてもちゃんと消える)。試すことの心理的ハードルを下げ、ユーザーが使う気持ちになりやすいようにしている。すぐに試せるから、試そうという気になるというわけだ。シャワーボードをテーブルに貼ってアイディアを書き留められるテーブルにする、なんていうことも簡単にできるからやろうと思うのだろう(シャワーボードは常にスタジオ内にストックされているようだ)。ラピッドプロトタイピングのための工具の準備、工作スペースの確保もプロジェクトの性質次第では必要になる。
 どんなチームでも一定のクオリティを保つために
いやいや、イノベーションを目指すような人たちなのだから、そこまで環境でサポートしてあげなくても本当にモチベーション高ければ勝手にクリエイティブにやるのでは?というか私はできる!と思う方もいるかもしれない。確かに、全員がスーパーマンならそうだろう。スティーブジョブズであれば自宅のガレージでも頑張れるし結果も出す。
 

しかし、思い出してほしい。彼らはイノベーションをチームスポーツだと定義している。不特定多数の、経歴も専門も異なる人たちが一定のクオリティを保つチームを、ある程度安定的につくろうとした場合、参加する人間全員に期待しすぎてはいけないというのが本書から読み取れる最大のインサイトなのではないだろうか。一度つくられた企業文化は交代し続けるメンバーを前提として維持・発展されなければならない。そしてそれは、人口減少の日本において人材を発掘することが前提となった場合に、より一層切実な条件として浮かび上がって来るだろう。

→次回は『第3回:企業文化を醸成するスペースづくり ~”Make Space”に学ぶスペースづくりの文法とボキャブラリー~』と題して、具体的な空間づくりのヒントについて書きます。

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補足:Make Space とは

“Make Space” (John Wiley & Sons, 2012)は、2012年に出版され、同年に邦訳された書籍。副題にあるように、“スタンフォード大学dスクールが実践する創造性を最大化する「場」のつくり方”についての本であり、“クリエイティブなコミュニティのカルチャーと習慣を、スペースによって形づくるための手引き”だ。企業文化を創り上げることが死活問題となっている今日の企業のオフィスづくりに大いに参考になる。
・Make Space 著者:スコット・ドーリー+スコット・ウィットフト、監修:イトーキ オフィス総合研究所、訳:藤原朝子 発行所:CCCメディアハウス  https://goo.gl/YL4u5A

著者プロフィール
佐藤 桂火 (さとう けいか)
建築家
 
1982年大分県生まれ/2005年東京大学卒業/2006年東京大学大学院在学中、セント・ルーカス大学交換留学生 / 2007年同大学大学院修士課程(難波研究室)修了後、平田晃久建築設計事務所/ 2014年ARTENVARCH設立 /現在、ARTENVARCH共同主宰 http://artenvarch.jp/
 
主な作品=《GLACIER FORMATION》(Milano Salone 2015)、《Airy Walk》(2015)、《Diagonal Boxes》(2016)、《京都の三段屋根》(2016)ほか
 
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佐藤 桂火
1982年大分県生まれ/2005年東京大学卒業/2006年東京大学大学院在学中、セント・ルーカス大学交換留学生 / 2007年同大学大学院修士課程(難波研究室)修了後、平田晃久建築設計事務所/ 2014年ARTENVARCH設立 /現在、ARTENVARCH共同主宰 http://artenvarch.jp/